「きみのお金は誰のため (田内学)」を読んだ。だいぶ前に読んだ「金持ち父さん 貧乏父さん」とノリが似ており、お金というものがどういうものかを物語形式で伝える内容。この本の中に、「まずいクッキーを食べさせる方法」というのが出てくる。そこで引用されていた「水を一万円で売る方法」と同じで、需要を作れば良い、という話。本質は「お金というものは需要があるから価値を持つ」ということなのだが、これがどうも独り歩きして「やり手のセールスパーソンはただの水を一万円で売ることができる」という意味で流れているらしい。
一時期話題になった投資勧誘系のポスト「水が入ったペットボトル一本と百万円どちらを選ぶか」を思い出す(金額はうろ覚え)。正解は「ペットボトル」。なぜならどちらかを選んだ後、天変地異が起きてインフラが死に、お金で水が買えなくなったから。なんだこのアホな話はと思ったが、これは「水を一万円で売る方法」の劣化複製版であったということで理解できた。
例え話は文脈全体を理解してはじめて意味を持つものなのに、そこだけ切り出されて独り歩きするものだよなぁ、と思った。
独り歩きする格言たちを思い出す。
プログラミング基礎同演習のレポート採点しようと思ったら、締切が今日の23:59だった。
Macで差分を色つきで表示するツールが欲しくて調べてたら色付きdiffをPDFで保存するという記事を見つけて、おお、ピッタリだ、役に立ったので「いいね」をつけよう、と思って著者を見たら自分だった。記事を書いたことを全く覚えていなかった。
重いタスクを結構片付けた。
情報処理学会の年会費払った。
卒業論文を書くということを書いた。