はじめに

[Up] [Repository]

解析力学を学ぼうという人は、すでに力学を学んでいることがほとんどであろう。これまでに習った力学ではニュートンの運動方程式が中心的な役割を果たした。これをニュートン力学と呼ぼう。一方、これから学ぶ解析力学では、ラグランジアンやハミルトニアンといった量が出てくる。それらを使った力学をラグランジュ形式の力学や、ハミルトン形式の力学と呼び、それらをまとめて解析力学と呼ぶ。

解析力学は、これまでに習ったニュートン力学を異なる形で定式化する理論である。解析力学に出てくる式は一見難しそうに見えるが、結局はニュートンの運動方程式を変形しているだけであり、本質的な予言能力に変わりはない。にもかかわらず解析力学を学ぶご利益の一つは、ニュートン力学に比べて問題の見通しがよくなり、微分方程式を直接解かずとも系の運動の情報が得られるようになるからである。この見通しの良さは、後で量子力学へとつながっていく。また、解析力学で導入されるラグランジアンは、電磁気学や相対論でも用いられる。

解析力学により問題がきれいに定式化され、様々な恩恵を得ることができる。しかし、この解析力学のご利益が日常生活で役に立つことはない。大学を卒業してしまえば、極めて限られた職種以外では、二度と解析力学に触れることはないだろう。にもかかわらず、解析力学は学ぶ価値のある学問である。解析力学は、これまで習ったニュートン力学に、全く別の見方があることを教えてくれる。バネに繋がれた質点の単振動が円運動に見えてきたり、多粒子系の複雑な運動が多次元空間中の一点の運動に見えてきたり、運動方程式が位相空間の確率の流れを表現する式に見えてきたりする。また、高校までは別々に学んでいた代数学、幾何学、解析学という数学の三分野の全てが現れるのも解析力学の面白いところである。本書では、解析力学を学ぶことそのものより、学ぶ過程で様々な数学的な構造が現れること、それらが有機的につながって解析力学を構成していることが伝わるように工夫したつもりである。

解析力学を学ぶことで、あなたの世界は大きく広がることだろう。これは解析力学に限った話ではない。大学で学ぶ学問のほとんどは日常生活には関係がない。なんなら中学、高校で学ぶことだって、ほとんど日常生活には使わない。例えば三角関数や微積分など、日常生活で一度でも見かけたことがあるだろうか?それでもこれらを学ばなければならない。それが新たな世界を拓くからであり、それこそが学問を修める理由であるからだ。

繰り返しとなるが、解析力学を知らずとも社会生活には問題ない。しかし、この美しい理論を学ぶことは、必ず人生の彩りとなるであろう。本書が、その彩りの一助となることを願う。