はじめに

ブログを作りました。今後は技術記事とかポエムとかはこちらに書いていくことになろうかと思います。

Zennからの移行

エンジニア向けの技術記事サイトとして、QiitaZennなどが有名です。僕も、最初はQiitaに記事を投稿していましたが、最近はZennをメインの投稿先にしていました。

Zennはすごく良かったのですが、最近になって、「トレンド」がNot for meになってきました。それまで、ランキングに一つか二つは刺さる記事があったので毎日見ていたのですが、最近はどれも刺さらず、見るのが三日に一度になり、一週間に一度になり、最近はあまりみなくなっていました。

それでもZennへの投稿を続けていたのですが、2026年1月9日、Zennが実験的機能として記事の英語版生成の提供を始めました。これは、投稿された記事を自動で英訳するもので、デフォルトでオン、すなわちオプトアウトとして実装されました。

これに一部のユーザが反発し、すぐにZennはオプトインに変更しました。Zennから記事を引き上げてしまったユーザもいるようです。

これについて「反発しているのは一部の声の大きいユーザだけだ」「エンジニアはもっと海外向けに情報を発信すべきで、その助けになる良い機能なのにもったいない」という声を見かけました。また「そういうのに文句があるなら自分のブログに書け」という声も多数見かけ、「それならそうするか」と、過去にQiitaやZennに書いた記事をまとめたサイトを作りました。もともと、Gistとかに書き散らかしていたポエムも整理しないとなぁ、と思っていたので、それもこちらに随時まとめて行く予定です。

で、後は自分のブログで好き勝手やるだけなのですが、おそらく「なぜ一部のユーザは英語の自動翻訳に反発したのか」がわからない人が多かったのではないかと思います。僕も、少なくとも「もうZennに投稿するのはやめようかな」と思うくらいには「反発したユーザ」の一人です。別に自分の気持ちをわかって欲しいとかそういうつもりはないのですが、どこかに「反発したユーザ」の気持ちを書いておくのも良いかな、と思って、このポストを書いています。

もともと僕はQiitaに記事を投稿していたのですが、途中からQiitaの方向性が「Not for me」になってきたので、「どうしようかな」と思っている時に、Zennができました。Zennのシンプルながら使いやすいWebデザイン、GitHub連携の使いやすさ、そしてZenn CLIの便利さに感動して、QiitaからZennに移行しました。

僕がQiitaに書かなくなったのは、なんとなく「『いいね』がたくさんつく記事が『良い記事』であり、『良い記事』をたくさん書けるエンジニアが『良いエンジニア』である」という雰囲気を感じたからでした。「いいね」をたくさんもらえる記事を書けるのはすごいことだと思いますし、それを量産できるのも素晴らしい力量だと思います。しかし、僕が読みたいのは、多くの人に「いいね」をもらえるような、「今知りたい流行りの技術」や「今さら聞けない技術の基本」などではなく、その人が書かなければ誰も書かないような、マニアックな、でも面白い記事でした。「みんなが知りたい記事」に、しれっと「なんだこりゃ」と思うような記事が混じっている、それが僕にとっての「トレンド」の理想です。

で、QiitaからZennに移行して、しばらくしてZennの「トレンド」もあまり見なくなったあたりで「記事の自動翻訳」のニュースを見ました。それが「オプトアウト」だったのを知り、すぐにオフにしました。さらに、公式が次の日に「オプトイン」に変えたのを知って、Zennを投稿先にするのをやめました。

まず、記事を自動翻訳する、という機能は素晴らしいと思います。英語で記事を書いたほうが多くの人にアプローチできますし、日本人はもっと英語で記事を書くべきだとも思いますし、そのハードルを下げるのは良いことだと思います。しかし、オプトアウトで、勝手に翻訳するというのはありえません。

まず、他人の著作物を勝手に翻訳するというのは、翻訳権の侵害です(著作権法第二十七条)。ユーザはZennへの投稿にあたり、著作権の移譲をしていません。Zennの利用規約にも、投稿された記事の著作権はユーザに留保されると明記されています。

ユーザから投稿された記事がメインコンテンツであるサービスを運営しながら、その著作権を軽視する、というのはいかがなものかと思います。

(2026年1月18日追記) なお、私はQiitaやZennへの投稿に際して、自分の記事のライセンスは(特に明示されていなければ)CC-BY 4.0だと明示していますので、私の記事に関しては自由に翻訳が可能です。したがって、私に関しては翻訳権の侵害は問題にしていません。 (2026年1月18日追記終わり)

しかし、僕がまずいと思ったのは、ユーザからの反発があった後、すぐにオプトインに変更したことです。ここから、少なくとも「ユーザが望む方向性とサービスの目指す方向性が一致していない」ということと、「ユーザの反発を織り込み済みの、強い意志で実装されていない」の2つが読み取れます。

もし、事前にある程度ユーザの声を聞いており、翻訳機能が絶対に必要なのだと思って実装したのだったら、「一部のユーザ」の声でオプトインに変更する必要はありません(翻訳権の問題はありますが)。したがって、「ユーザが強く望むから実装した」という意思は感じ取れません。

また、このサービスが運営全体で確固たるビジョンを持って実装されたものであるならば、やはり「一部のユーザ」による反発は無視するしょう。実際、僕が「改悪」だと思うUI変更を強行するサービスはたくさんあり、実際にユーザから強い反発があっても、それらのサービスが意に介している様子はありません。

要するにZennは、ユーザが投稿された記事を勝手に改変するという、(僕から見れば)わりと大きな仕様変更を、あまり深く考えることなく実装した、ということになります。ここから、僕は「投稿した記事を大切にされていない」と感じました。

プログラミングをやっていれば、自動翻訳された質の悪い記事を見たことが多数あると思います。僕は自分の記事などが中国語に翻訳されて転載されているのを見たことがあります。翻訳された記事の質は誰が担保するのでしょうか?「AIがあれば専門家は不要だ!素人なのにこんなに簡単に設計図が作れた!」と、でたらめな設計図を誇らしげに掲げている人を見かけました。その設計図が間違っていることは専門家でないとわからないため、実際に作る前に専門家のチェックが必要です。当然、英訳された記事の「正しさ」は、ちゃんと英語ができる人がチェックしないと保証されません。

では「これは機械翻訳された記事なので正確さは保証しません」と書いておけば良いのでしょうか?ChatGPTの画面には「ChatGPT の回答は必ずしも正しいとは限りません。」と書いてあるにもかかわらず、「ChatGPTはこう言っています」と一次情報のような扱いをする人がかなり多い現状を見るに、そのような但し書きをつければ良い、とは思えません。

さらば「いいね」の世界

しかし、僕が最も気になったのは、翻訳権の侵害でも、翻訳の正しさの保証の問題でもなく、運営による「お前の記事を広く読まれるのは嬉しいだろう?」という雰囲気を感じたことでした。僕はそこに「いいねがたくさんつくことが良い記事である」という思想の片鱗を感じました。

繰り返しになりますが、僕がQiitaからZennに移行したのは、優れたウェブデザイン、GitHub連携の便利さ、よくできたCLIが決め手でした。「多くの人に見てもらえるから」という理由は、ゼロとは言いませんが高い優先度ではなかったのです。

せっかく書くなら、多くの人に見てもらいたいものです。また、「いいね」をもらえるのはすごくうれしいことです。しかし、センセーショナルな記事を書いてたくさんの「いいね」をもらうより、恐ろしくマニアックな記事を書いて、それを必要とする人に届く方が僕はうれしいです。

「こんなのにハマるの、僕だけだろうな」と思いながら、せっかく解決したので記事にまとめた後、数年たってからポツンと「いいね」が飛んできた時、「あ、僕の書いた記事が、誰か必要とする人に届き、その悩みを解決したのだ」と感じる、それが僕が望む「いいね」のあり方でした。

しかし、このサイトに「いいね」の機能はありませんし、つける予定もありません。SEOとかもしてないので、検索でひっかかることもほとんどないでしょうし、AIが推論の根拠とする参考記事として挙げることもないでしょう。もうどこかの「トレンド」に載ることもないので、主なトラフィックは私のSNSアカウント経由となるでしょう。

Qiitaが生まれるずっと前、僕は技術記事を個人サイトに書いてました。サーバはNiftyで、フリーソフト作家をやっていた頃です。その頃はHTML手書きでした。誰が見るともわからない、マニアックな記事を書いていたのを思い出します。結局、長い時間をかけて、原点に戻ってきたのかな、と思います。若干の寂しさはあるけれど、まぁいいのかな。

それではさようなら、「いいね」の世界。