大学教授のお仕事
はじめに
少し前に大学教授の仕事がSNSで話題になりました。SNSというのはどうしても極端な意見や例が目につきがちです。「自分はアカデミアの代表である」みたいな顔をして、日々レスバに勤しんでいる「大学教授」を見て「暇そうだな」と思う気持ちはよくわかりますが、もちろんそういう人は特殊事例で、普通(←?)の大学教授はわりと忙しかったりします。
以下では大学教授のお仕事について紹介してみます。以下は私の所属である理工系の学部の話であり、文系や薬学・医学部などでは状況が違うかもしれないことをご注意ください。
大学教授とは
そもそも「大学教授」という職業はありません。「教授」とは職位であって、一般企業における「課長」とか「部長」にあたるものです。職種としては「大学教員」となろうかと思います。大学教員は大学において研究・教育を担う職員であり、職位としては「助教」「講師」「准教授」「教授」などがあります。
自分で研究室を持つことを「主宰する」と言い、研究室主催者をPrincipal Investigatorの略でPIと呼びます。昔は、教授、助教授、助手が3名から4名程度で研究室を構成し、教授がその主催者となることが一般的でした。これを講座制と呼びます。現在は助教授が准教授に、助手が助教と名称が変わり、それにともなって講師や准教授も研究室を主宰するようになってきました。助教でも(書類管理上のボスがいる場合はありますが)事実上研究室を主宰している人もいます。
また、一般に誤解されやすい称号として「名誉教授」「客員教授」「特任教授」があります。
名誉教授は、大学などに教授として長年勤務し、教育研究において顕著な貢献があった者にたいして、所属機関が授与する栄誉称号です。日本では定年退職後に与えられる称号であり、「教授」としての職務も給与も発生しません。客員教授は、他に本務がある人を一定期間、非常勤の大学教員として招く際の称号です。書類上(例えば旅費などで)教授待遇を受け、講義を持つこともありますが、単年度契約であることが多く、研究室を主宰することも、大学の運営に関わることもありません。そういう意味で「名誉教授」や「客員教授」は、いわゆる「大学教授」とは異なります。
一方で特任教授は、大学や研究機関で特定のプロジェクトのために雇用された教授のことです。そのプロジェクトの予算から給与が出ているため、プロジェクト終了とともに契約が切れます。その職務内容はプロジェクトによって大きく変わりますが、研究室を主宰するなど、大学教授としての仕事をする場合もあります。ただ、大学の運営に関わることは少ないようです。
研究教育活動
教育活動
学生さんから見て、大学教授の仕事として一番目につきやすいのは教育活動でしょう。まずは講義です。1コマ90分〜105分の講義を、週に何コマかを担当することが多いです。大学は春学期、秋学期の二期制を採用することが多く、それぞれで異なる講義を持ちます。講義は90分の内容を15回程度で完了させます。毎週1回ずつ、15週で終わることが多いですが、大学によってはクォーター制(4期制)を採用していることがあり、その場合は毎週2回ずつ講義が進んでいきます(結構大変です)。
講義は、出席、レポート、中間テスト、期末テストなどによって成績をつけます。どの成績評価方法を採用するか、どのように組み合わせるかは教員に任されていますが、成績評価方法は事前にシラバスによって学生に周知する必要があります。また、後で成績に関して問い合わせがあった時にちゃんと対応できるように、レポートや試験の採点結果などは一定期間保存しておく必要があります。私は出席点を評価に採用していませんが、大学によっては教室に入る時に学生証をタッチさせることで出欠をとり、それを教員が確認できるようにしているところもあるようです。
私大では一つの講義に100人以上(場合によっては300人以上)受講者がいることも珍しくなく、そういう講義でレポートを出すと、当然ながら100枚〜300枚のレポートが出てくるので、全部採点する必要があります。試験も同様です。私は100人が受講する必修講義で、毎回レポートを課しているため、毎週100枚のレポートを採点する必要があります。すごく頑張っても3時間はかかります。ただ、これは大学から強制されたものではなく、自分で「これが最もこの講義で教育効果が高いだろう」と思ってやっていることです。
また、講義の前には予習をしています。講義によりますが、90分の講義の準備に2時間以上かかることもあります。講義を新たに立ち上げる時には、もっと時間がかかります。少なくとも「講義の90分だけ」で仕事は終わらず、講義の準備やレポートの採点、試験問題の作成や採点なども講義の仕事に含まれます。
研究活動
学部4年生になると、卒業研究のために研究室に配属されます。卒業研究では、研究室によって実験や理論計算、数値計算などを行って、最終的に卒業論文を執筆します。さらに、大学院に進学した場合は、修士論文研究を行います。大学教員はこの指導をします。これが研究活動なのか教育活動なのかは微妙ですが、私は「学生に研究活動を通じていろんなスキルを身に着けてもらう」という教育活動だと認識しています。
研究活動は、学会や研究会での発表、査読論文の投稿なども含みます。学会発表をする場合は、研究室で発表練習の指導をしますし、スライドの添削も教員の仕事です。査読論文を投稿する際は、学生に主体的に執筆させつつ、その研究全体の責任を教員が負います。それは添削や図の修正など細かいことだけでなく、例えば研究不正が行われていないかどうかや、重要な先行研究の見落としがないかどうかなども教員がチェックします。
研究室内でグループやチームを作ってその単位で研究活動を行ったり、全ての学生さんが個別の研究テーマを持っていたりなど様々です。一定期間ごとに学生さんと教員で研究の進捗状況を確認し、次にどのようにすべきかを相談します。私の研究室では、15名ほど構成員がいますが、各学生さんと毎週最低30分の1on1ミーティングを実施しており、それで研究の進捗や相談を受けています。したがって、週に8〜10時間はこの1on1ミーティングに割いています。
また、卒論・修論の提出シーズンになると、50〜100ページほどの卒論・修論をチェックすることになります。私の研究室では、概ね卒論生が5名、修論生が5名程度いるため、毎年10冊の卒論・修論をチェックすることになります。12月から1月はずっと朱を入れているイメージです。
上記に加えて、教員個人の研究も進めます。
大学運営
研究教育活動は学生から見てわかりやすい仕事ですが、以下は学生からはあまり見えない仕事です。まず、重要な仕事として大学運営に関わる仕事があります。なんか先生が「会議会議」と言っていて、「何をこんなに会議しているんだろう?」と思ったことはないでしょうか。大学は自治組織です。自治組織とはひらたく言うと「構成員の預かり知らぬところで重要なことが決まったりしない」組織のことです。そのため、何か重要なことは全て会議で決まります。学科のことは学科の会議で、専攻のことは専攻の会議で、学部のことは教授会で決まります。しかし、こういう会議はほとんどが「出てきた案件を承認する」場であって、重要なことはその前に根回しがされていることがほとんどです。その根回しの場が委員会です。重要な案件は、委員会で実質的な議論がなされます。場合によっては、その委員会の下にさらにワーキンググループなどが組織され、そこで出された案を委員会で議論し、それを上の会議に上げ・・・という手続きを取ります。
運営関連でわかりやすい例は人事だと思います。大学によって常勤の教員を採用するのは非常に重要な案件です。まずは各学科で採用委員会が組織され、そこでどんな人を採用したいか、どのような公募を出すかを議論し、それが人事委員会で議論され、さらに学科で議論され、採用面接などを行い、決定した内容を教授会に上げます。ほとんどの場合において、学科が提出した人事が教授会で否決されることはありませんが、極稀に否決されることもあります(東大駒場騒動)。
学生の留学・休学・退学などに対応する学習指導会議、キャンパスの安全や事故について管理する安全委員会など、大学を運営するために数多くの会議があります。これらの会議の数もそこそこ多いですが、会議の準備にもそれなりの時間が取られます。また、委員会ごとに委員長が設置されますが、委員長はその委員会の決定に責任を持つため、仕事や責任が重い傾向にあります。多くの場合「委員長は教授」というルールがあり、教授は准教授に比べてこの手の仕事の責務や作業量が増える傾向にあります。
また、大学の「学部」「専攻」「学科」ごとに「学部長」「専攻長」「学科長(学科主任)」が設置されます。これらを「課長」や「部長」のような「出世」と考える人が多く、実際にそのような側面がないとも言えませんが、役割の実態としては「学級委員」や「生徒会長」に近く、役職手当てはでるものの、その責務や仕事量に比べると・・・ということが多いです。
コミュニティ貢献
これは大学教員に限った話ではありませんが、コミュニティ貢献も重要な仕事です。
多くの研究者は学会に所属しており、学会で発表します。例えば私が所属する日本物理学会は、年に二回大会があります。研究者は発表を学会に申込みますが、それを採択するかどうか、採択するならどれをどのような順番で、どこの部屋で発表するかなどのプログラム作成も研究者の仕事です。もし、自分が所属する大学が学会の会場になった場合は、会場の手配なども増えます。研究会などでは、招待講演者の選定、宿泊や交通費の手配なども、(事務の手を借りつつ)行います。大きな国際研究会の責任者になったりするとえらいことになります。日本物理学会は、理事会があったり、各領域ごとに領域代表や世話人がいます。これらの研究者の仕事です。大学教員は、たいていなんらかの学会や研究会の理事や世話人等を複数回経験します。
また、研究者は論文を執筆して投稿するのが重要な仕事ですが、その査読論文をハンドルするのも研究者です。論文は雑誌に投稿されると、まずはエディタと呼ばれる人がその論文をハンドルし、査読者を決めて査読を依頼します。エディタは査読者から返ってきた査読レポートをもとに、論文の対応を決めます。このエディタも査読者も研究者です。
また、論文は雑誌に投稿する場合と、研究会に投稿する場合があります。特に機械学習系などは研究会に投稿される場合が多く、シーズンになると大量の査読依頼が研究者に届くことになります。雑誌にはシーズンはありませんが、不定期に、そしてそれなりの頻度で査読依頼が届きます。自分の分野に近い研究の査読依頼は原則として断らずに対応します。論文によっては査読レポートを書くのにかなり時間がかかったりします。分野によりますが、少なくとも1時間や2時間でさらっと査読レポートが書けることは稀です。
学会だけでなく、他にも仕事はあります。例えばスーパーコンピュータや加速器、強磁場発生装置など、一つの研究室や組織が持つには負担が大きい実験装置は、研究所などに設置して、共同利用として全国の研究者に開放されます。この時、研究者は申請書を書いて利用申請をしますが、その利用申請を審査し、採択するのも研究者の仕事です。
学会なら学会の数だけ、研究会なら研究会の数だけ、実験装置には実験装置の数だけ仕事があります。それらは面倒ですが、自分が学生の時に利用した場であり、自身の研究室に所属する学生が利用する場でもあるため、自身が所属するコミュニティの維持・発展は重要な仕事です。
大学教授のなり方
大学教授になるためにはどうすればよいのでしょうか?様々なキャリアパスがあるので一概には言えませんが、モデルケースとしては、まず大学から大学院に進学し、修士号・博士号を取得して、ポスドクと呼ばれる博士研究員や特任教員を何度か経験しつつ、任期のない大学教員を目指すことになります。大学教員になるためには、公募に応募して採用される必要があります。大学には学科ごとに「教員が何名所属できるか」が大まかに決まっており、そのような常勤の職を「ポスト」と呼びます。その学科で誰かが定年退職したり、他の大学に異動したりするとポストが空くため、そのポストにふさわしい次の人を公募で探すことになります。過去に一時期に比べて公募に対する応募の倍率は下がっている傾向にありますが、それでも常勤のポストにはそれなりの数の応募がくるため、それなりの倍率を勝ち抜く必要があります。
また、常勤の助教として採用された場合でも、最近の大学では任期がつくことが一般的です。任期が切れる前に、別のポストに応募し、採択される必要があります。また、助教から講師、講師から准教授、准教授から教授と職位が上がることを「昇格」と呼びますが、昇格できるかどうかも組織によって異なります。一度助教として採用されたら、そのまま教授まで昇格可能な部署もあれば、原則として昇格人事はせず、昇格のためには外に異動する必要があったり、助教から准教授への昇格はないが、准教授から教授への昇格は認められている等、そのルールは様々です。
こうして、いくつかの研究機関や大学を渡り歩き、常勤の教授になった時に「大学教授」になります。私の場合は博士号取得後、助手(後に助教)→特任講師→助教→准教授→教授(昇格)というルートでした。一度企業に就職してから、大学に戻ってくるケースもあるようです。いずれにせよ、どこかのタイミングで公募に応募して採用される必要があります。
大学教授というお仕事
結局、大学教授という仕事はどうなんでしょうか?大学教授は、おそらく学生さんやSNSから見えているよりは忙しいです。しかし、それではすごくキツい仕事か、と言われるとそうではないと思います。少なくとも私の観測範囲では「なりたくてなった」人ばかりであり、そういう意味で魅力ある仕事であると思います。会議などが多いのは面倒ですが、裏を返せば自身の裁量が大きいということでもあり、「理不尽な上司によるストレス」みたいなものは(少なくとも私には)ありません。研究室運営において、学生の面倒を見たり、予算を切らさないように獲得したりと考えることは多いですが、それも自分のやりたいこと、見たい世界を実現するためなので、あまり負担には感じません。
大学教授、というか大学教員になるのはわりと大変なので、万人におすすめするわけではありません。しかし、僕は学生の頃からずっと大学教員になりたいと思っていたし、実際になった今も、「大学教授は楽しい仕事だ」と思っています。
繰り返しますが、SNSはその仕組み上、ネガティブな意見や事例が注目を集めがちです。真面目に楽しく研究教育活動をしている大多数の大学教員はSNSをやっていないか、せいぜい「こんな論文が出ました」「研究会やります」「教科書書きました」という宣伝に使うくらいです。一部変な人がいるのは事実ですが、それで「大学教授」という仕事全体に変な偏見を持たれるのは困るな、と思います。
この小文が少しでも「大学教授というお仕事」の理解につながれば幸いです。
A Robot’s Sigh