はじめに

数学は、嫌う人には嫌われます。そして「Xなんて日常生活で使わない。なぜこんなことを学ばなければならないのか」と言われがちです。Xとして三角関数や線形代数がよく挙げられますが、この前「二次方程式なんて日常生活で使わない。なぜこんなことを学ばなければならないのか」という発言を見つけました。

当然のことですが、二次方程式も三角関数も線形代数も全て重要であり、日常生活で使う様々なものに使われています。しかし、「日常生活で使うもの」には使われていますが、日常生活で直接これらを使うことはないでしょう。

日常生活で使わないから学ばなくて良いのか?では代わりに何を学ぶのか?日常生活で直接使う知識ばかり学べば良いのか?学問のカリキュラムを考えるのはかなり難しい問題です。

ただ、数学というのは本来面白いものです。テストに追われてる時には苦痛だったものも、卒業してもう一度見てみたらその面白さに気づくかもしれません。

ここでは、「二次方程式を学ぶべきかどうか」には触れず、二次方程式ってどういうもので、どのあたりが面白いのかについてつらつら書いてみたいと思います。

一次方程式

まず、一次方程式から始めましょう。あなたは子供会のイベントを担当をすることになりました。引き継ぎ資料に、子供にお菓子を一人3つずつ、それ以外に予備として10個用意しろ、と書いてあります。年によって子供の数は違います。この時、子供の数を$x$、用意すべきお菓子の数を$y$とすると、以下の関係が成り立ちます。

\[y = a x + b\]

ただし、$a=3$、$b=10$です。

さて、予算の確認をする時に、子供の数をメモし忘れたことに気が付きました。しかし、お菓子の購入の情報は残っています。お菓子を何個買ったかがわかれば、子供の数がわかります。例えば、お菓子を40個買ったとしましょう。すると、

\[40 = 3 x + 10\]

から、$x$の値を求めれば良いことになります。この場合、$x=10$が答えとなります。方程式とは、入力$x$に対して、出力$y$がどうなるかを表す式です。いま、出力$y$がわかっている時に、入力$x$はなんだったか求めなさい、というのが方程式を解く、という作業であり、一種の逆問題となっています。先程の式は、$x$に関してたかだか一次の項しかないので、一次方程式と呼ばれます。

さて、いま我々がゼロと自然数しか知らないとしましょう。一次方程式の係数もゼロか自然数しか使いません。しかし、その数値の選び方によっては、$x$はゼロと自然数以外の数になりえます。

まず、

\[y = a x + b\]

に、$a=1$、$y=0$、$b=1$を代入してみましょう。

\[x + 1 = 0\]

となります。答えは$x=-1$と負の数になります。負の数は当たり前のようでいて、不思議な数です。先程の式が負の数の定義になっています。つまり「1を足したら0になる量」が-1です。

つまり、一次方程式を解くためには、係数や$y$の値としてゼロと自然数しか使わなくても、負の数を導入する必要があります。ゼロ、自然数に、負の整数を加えて、まとめて整数と呼びます。

一次方程式は、負の数だけでなく、さらに新しい数を要求します。一次方程式に$y=1$、$a=1$、$b=1$を代入してみましょう。

\[2x = 1\]

となります。答えは$1/2$と分数になります。分数というのも不思議な数です。「一個、二個、三個」と数える数には使えません。先程の式が分数の定義になっており、「2倍すると1になる量」が1/2です。全く同様に$m$倍すると$n$になる量を$n/m$と定義し、これらを有理数と呼びます。

一次方程式は、係数として整数しか使わなくても、解を表現するのに有理数が必要です。逆に、係数としてどんな有理数を使っても、有理数までで必ず解を表現できます。

以上から、一次方程式を解くためには、ゼロと自然数だけの世界から、負の数と有理数という新しい種類の数を要求することがわかりました。

二次方程式

同様に、二次方程式を考えましょう。こんな式です。

\[y = a x^2 + bx + c\]

やはり、係数や$y$の値を与え、それを満たす$x$を探しなさい、というのが方程式を解くという作業です。

一次方程式で負の数、有理数という新しい数が生まれたように、二次方程式も新しい数を要求します。まず、$y=2$、$a=1$、$b=c=0$としてみましょう。

\[x^2 = 2\]

となります。答えは$x = \pm \sqrt{2}$となります。この式は「自分自身を二度かけると2になる数」という、$\sqrt{2}$の定義になっています。$\sqrt{2}$は、整数$m,n$を使って$n/m$の形に書けません。つまり、有理数ではないので、無理数と呼ばれます。二次方程式は、係数や値に有理数しか使わない場合でも、解を表現するためには無理数を要求します。

二次方程式は、さらに新しい種類の数を要求します。$y=-1$、$a=1$、$b=c=0$を代入してみましょう。

\[x^2 = -1\]

自分自身をかけて負の数になってしまいました。このような性質を持つ数を表現するためにはトリッキーなことを考える必要があります。

まず、二次元ベクトル$(a,b)$と$(c,d)$を考えます。それぞれの定数倍は普通に定義します。これらの和と差も普通に定義します。

\[\begin{aligned} (a,b) + (c,d) &= (a+b, c+d)\\ (a,b) - (c,d) &= (a-b, c-d)\\ \end{aligned}\]

掛け算だけ特殊なルールを要求します。

\[(a, b) \times (c,d) = (ac - bd, ad + bc)\]

このルールに従うと、$(0,1)$の自乗は、

\[(0,1) \times (0,1) = (-1, 0)\]

となります。

ここで、「これまで我々が数$a$と呼んでいたものは、実は$(a,0)$を省略したものだった」と約束します。すると、$-1$は、$(-1,0)$のことです。先程の掛け算の例を見ると、$(0,1)$を二度かけて$(-1,0)$になっています。全く同様に、$(0,-1)$の自乗も$(-1,0)$になります。

以上から、

\[x^2 = -1\]

を、実は

\[x^2 = (-1,0)\]

のことだったと思えば、この方程式の解として

\[x = (0, \pm 1)\]

が得られます。

さて、二次元ベクトルは、2つの基底で展開できるのでした。

\[\begin{aligned} \boldsymbol{e}_1 &= (1,0)\\ \boldsymbol{e}_2 &= (0,1)\\ \end{aligned}\]

とすると、先程の解は

\[x = \pm \boldsymbol{e}_2\]

と書けます。この記法を用いると

\[x^2 -2x +2 = 0\]

の解は

\[x = \boldsymbol{e}_1 \pm \boldsymbol{e}_2\]

となります。このような数を複素数と呼びます。$\boldsymbol{e}_1$の成分しか無い時には普通の数なので、$\boldsymbol{e}_1$を省略しましょう。また、いちいち$\boldsymbol{e}_2$と書くのも面倒なので、単に$i$と書くことにしましょう。すると、先程の解は

\[x = 1 \pm i\]

となります。また、

\[i^2 = -1\]

です。この$i$のことを虚数(imaginary number)と呼び、その頭文字をとって$i$と表記しました。

いきなり$i^2=-1$という数を想像しなさい、と言われるとびっくりしますが、二次元ベクトルを考えて、特殊な積のルールを使えば二次方程式の解が表現できると思えば驚きが減る気がしませんか?

以上をまとめると、有理数しかしらない我々が二次方程式を解こうとすると、解を表現するのに無理数、および複素数が必要になることがわかりました。逆に、我々は複素数さえあればどんな方程式でも「解ける」ことがわかっています。

代数学の基本定理

我々はゼロと自然数だけから出発しました。一次方程式を解くためには負の数と有理数が、二次方程式を解くためには無理数と複素数が要求されました。では、三次方程式、四次方程式と方程式の次数が増えていくと、さらに新しい種類の数が要求されるのでしょうか?実はそうではありません。以下のことがわかっています。

「複素数を係数とする$n$次方程式は、重根も含めるとちょうど$n$個の複素数の解を持つ」

これを代数学の基本定理と呼びます。

代数学の基本定理は、いくら高次の方程式でも、解が複素数の範囲に収まることを主張します。つまり、一次方程式、二次方程式と進むにつれて広がってきた数の世界が、ここで止まります。100次方程式であろうが1000次方程式であろうが、解を表現するのは複素数で十分です。

複素数は二次方程式の解として現れます。つまり、二次方程式は複素数を定義する式であるともいえます。そう考えると、わりと二次方程式の責任は重い気がしませんか?

まとめ

一次方程式や二次方程式が、その解を表現するのにそれぞれ新しい種類の数を要求すること、しかし三次方程式以上の高次の方程式であっても、その解を表現するには二次方程式で導入された複素数で十分であることを見ました。

実は、これまでの議論にはごまかしがあります。我々は実数を定義していません。無理数の中には、代数方程式の解として表現できないものがあります。その例が$e$や$\pi$などの超越数です。実数をどのように定義するかは、大学の解析学でデデキント切断などで学ぶでしょう。

さらに、代数方程式の解を「代数的数」と呼びます。これを拡張した整数とみなすと(代数的整数)、素因数分解が一意でなくなったりします。このあたりも興味深い話題が多数あります。

以上の内容は、日常生活を送る上では全く役に立たない知識でしょう。しかし、深く考えると我々が理解していると信じていた「負の数」や「有理数」がさほど自明なものでない気がしてきます。逆に、それらの定義に立ち返って考えると、虚数や複素数もさほど不思議な量ではない気がしてきます。二次方程式は数の世界を広げてくれます。そう思うと、ちょっと面白い気がしてきませんか?

この小文により、二次方程式の面白さが少しでも伝わったら幸いです。

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